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福岡地方裁判所 昭和58年(ワ)1824号 判決

坂井久雄破産管財人

原告

村岡冨美子

被告

福岡市職員共済組合

右代表者理事長

武田隆輔

被告

福岡市職員厚生会

右代表者理事長

安田哲郎

被告両名訴訟代理人

山本郁夫

主文

一  被告福岡市職員共済組合は、原告に対し、金一七八〇万〇、一四一円及びこれに対する昭和五八年六月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告福岡市職員厚生会は、原告に対し、金一四万二、九一二円及びこれに対する昭和五八年六月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文と同旨

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  訴外坂井久雄(以下「坂井」という)は、昭和五七年一二月二〇日破産の申立をし、昭和五八年三月九日福岡地方裁判所において破産の宣告を受け、同日原告はその破産管財人に選任された(同裁判所昭和五七年(フ)第九三号破産事件)。

2  坂井は、訴外福岡市に勤務していたところ、右破産申立後の昭和五八年一月末日をもつて退職した。

福岡市は、坂井の各被告に対する債務の弁済のため、坂井が受くべき退職金から控除して、昭和五八年一月末日坂井に代つて、被告福岡市職員共済組合(以下「被告共済組合」という。)に金一七八万〇、一四一円を、被告福岡市職員厚生会(以下「被告厚生会」という。)に金一四万二、九一二円をそれぞれ交付し、被告らはこれを受領した。

3  右弁済に先だつ昭和五八年一月一七日付で、前同裁判所裁判官から福岡市に対して、破産申立の事実を通知し、あわせ、受くべき退職金の取扱いについて照会したので、各被告らは、坂井が破産申立をしていたことは承知していた。

4  福岡市が被告らに対する坂井の債務弁済のため、退職金から右各金員を控除のうえ各被告らに交付するについては、それぞれ法令上の根拠があるにせよ、その後破産宣告がなされた以上、被告らが他債権者に優先して弁済を受くべき実体法上の根拠は全くない。

又、福岡市が坂井の受くべき退職金から各金員を控除して、被告らに交付したのは、坂井にかわつて弁済をしたにすぎず、実質上、破産法第七二条二号にいう破産者のなした行為といえる。

5  よつて、破産者にかわつて福岡市がなした弁済は、破産法七二条二号に該当する行為であるので、原告は右弁済を否認し、被告らに対し請求の趣旨記載のとおり弁済のため受領した各金員及びこれらに対する本訴状送達の翌日である昭和五八年六月二四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因第1項の事実は認める。

2  同第2項の事実は認める。

但し、同項記載の各金員を被告らが受領したのは、一月末日ではなく二月二日である。

3  同第3項の事実は認める。

4  同第4、第5項は争う。

三  被告らの主張

1  否認権は、破産宣告前の破産者の行為を、破産財団と否認の相手方との関係において遡及的に無効とする実体法上の形成権であり、その対象は破産者の行為またはこれと同視すべきものに限られる(最判昭和四〇年三月九日民集一九巻二号三五二頁)。しかるに本件においては、福岡市が、被告らに対する坂井の債務弁済のため、同人の退職金から控除して被告らに払い込むにあたり、坂井の行為またはこれと同視すべきものは何ら存在しない。すなわち、

(1) 福岡市の被告らに対する払い込みは、それぞれ地方公務員等共済組合法(以下「共済組合法」という)一一五条二項、福岡市職員厚生会条例(昭和二八年福岡市条例第三二号。以下「福岡市条例」という)五六条二項に基づく義務の履行として行つたものであつて、坂井の意思や行為と全く関係なく機械的になされたものである。

(2) 共済組合法一一五条二項には、「組合員に代わつて」払い込まねばならないと規定されているが、これは弁済の代理権を与えたものではなく、特定の債務について弁済の効果を生じさせる意味の便宜的な表現にすぎず、坂井の行為と同視されるべきではない(なお、福岡市条例には右のような規定はない)。

破産者の行為と同視できる場合とは、外形上は破産者以外の者の行為でありながら、その実、破産者の行為と相まつて一個の行為と評価できるような場合をいうのであつて(最判昭和四三年一一月一五日判時五四二号五六頁)、本件のように坂井が何ら関与していない場合を含まないのは当然のことである。

2  福岡市の被告らに対する本件払い込みは、被告らにしてみれば実質的には別除権の実行というべきで、否認権の対象とはならない。

すなわち、福岡市においては、その職員の福祉厚生を目的として共済組合法又は福岡市条例に基づき、被告らが設置され、被告らにより住宅資金、生活資金等の貸付け事業等が行われており、被告らは、職員から右資金の貸付けの申し込みがあれば、当該職員の勤務年数、現在の給与の額等を基準として貸付けを行つているものである。

そして、債務の償還については、法律上毎月の給与及び退職金から、給与支払機関である福岡市長が直接被告らに払い込むようになつているので、事実上相殺と同様の機能を果し、当該職員は何ら関与しないまま完全に償還されるべく手続上保障されているし、その手続は法律上及び条例上明確にされていることから第三者に対する公示方法も十分である。

また、共済組合法一条二項は、国及び地方公共団体に「共済組合の健全な運営と発達が図られるように必要な配慮」をすべきことを特に義務づけているが、共済組合の経済的基盤を危うくしないために、右のような手続を規定して償還の確保を図つたものと解釈できる。

従つて、被告らとしては、坂井に対する貸付け金が償還されることについて十分な期待を有しており、その期待は法的にも保護されているものであつて、実質的には法定の担保権と同視すべきであるから、その実行について否認の問題は生じないといわねばならない。

3  よつて、原告の主張は失当であり、棄却さるべきである。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因第1ないし第3項の事実は当事者間に争いがない。(尤も、請求原因第2項中、被告らが同項記載の各金員を受領した日につき双方の主張に二日間のずれがあるが、いずれであつても本件の結論に影響はないので、少なくとも右いずれかの日に受領したことは当事者間に争いがないものとする。)

二ところで、破産法七二条二号により否認することのできる行為は、破産者の行為またはこれと同視すべきものに限られると解すべきところ(最判昭和四〇年三月九日民集一九巻二号三五二頁参照)、〈証拠〉によれば、坂井の給与支給機関である福岡市が、坂井の被告らに対する債務弁済のため、同人の退職金から請求原因第2項記載の各金額を控除して被告らにそれぞれ払い込んだのは(以下、これを「本件各払い込み」という。)、被告共済組合に対する関係では共済組合法一一五条二項に基づいて、被告厚生会に対する関係では福岡市条例五六条二項に基づいて、それぞれなしたものであることが認められる。

しかるに被告らは、本件各払い込みは、右のとおり福岡市が破産者である坂井の意思とは全く関係なく、法令に基づく義務の履行として機械的にこれをなしたものであつて、坂井は本件各払い込みには全く関与していないから、本件各払い込みをもつて坂井の行為またはこれと同視すべきものということはできない旨主張するので、先ずこの点について検討するに、前掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  被告共済組合は共済組合法に、被告厚生会は福岡市条例にそれぞれ基づいて設置された法人(前者は特殊法人、後者は財団法人)で、いずれも福岡市に勤務する者(以下「福岡市職員」という。)をもつて組織されているものであり、坂井は福岡市職員として被告共済組合の組合員であると同時に被告厚生会の会員であつたものであること。

2  福岡市職員の給与支給機関である福岡市が、被告らの組合員(会員)である福岡市職員の給与等から控除して被告らに払い込むべきことが法令によつて規定されているのは、職員が被告らに対して負担する掛金(共済組合一一五条一項、福岡市条例五六条一項)と、職員が被告らに対して支払うべき掛金以外の金額(同法一一五条二項、同条例五六条二項)とであること。

そして、本件各払い込みは、いずれも坂井の各被告に対する借入金債務の弁済としてなされたものであるから、右の「掛金以外の金額」に該当するものであること。

3  ところで、福岡市職員が被告らの組合員(会員)として各被告に対して負担する掛金は、被告らの設置目的である組合員(会員)に対する病気、負傷、退職等に伴う療養費、退職金等の給付事業等に要する費用に充てられるものであつて(共済組合法一一三条、福岡市条例五四条)、右給付制度が職員の社会保険制度の役割を果すものであり、かつ強制加入制度がとられていることに対応して、各自の負担する掛金の額は法令で定められ(同法一一四条、同条例五五条)、その徴収方法についても給与支給機関である福岡市が個々の職員の意思とは関係なく、その給与等から掛金相当額を控除して被告らに払い込むという方法がとられているものであること。

これに対し、坂井が被告らに対して支払うべき掛金以外の金額である本件各借入金債務については、同人が被告らに対し、その返済方法、すなわち給与支給機関である福岡市が同人の毎月の給与もしくは退職金から控除して被告らに払い込むという方法によつて返済することを承諾したうえで、被告らから金員を借り受けたものであること。従つて、福岡市が坂井の給与等からその返済額を控除して被告らに払い込むについては、掛金の場合とは異り、坂井の承諾が当然の前提となつているものであるから、本件各払い込みは坂井の意思に基づいてなされたものともいえること。

ちなみに、福岡市条例においては、掛金の源泉控除につき「会員の給料支払機関は、……会員の給料から掛金に相当する金額を控除し、その金額を厚生会が指定する者に払込まなければならない。」(五六条一項)と規定しているのに対し、掛金以外の金額の源泉控除については「会員の給料支払機関は、……会員の給料その他の給与からこれらの金額に相当する金額を控除することができるものとし、その場合において当該金額を厚生会が指定する者に払込まなければならない。」(五六条二項)と規定し、両者を区別していること。

4  本件各払い込みは、坂井の財産である退職金から控除した金額でもつて、同人の各被告に対する借入金債務を、福岡市が同人に代つて被告らに弁済したものにほかならないこと。

以上1ないし4の認定事実及び破産法七二条二号の危機否認は破産者の主観的な要件を必要とせず、また義務ある偏頗行為を否認の対象とするものであることを総合して判断すれば、福岡市の被告らに対する本件各払い込みは、坂井の行為と同視すべきものというべきである。

三更に被告らは、福岡市の被告らに対する本件各払い込みは、実質的には別除権の実行というべきであつて、否認権の対象とはならない旨主張するが、坂井の被告らに対する本件各借入金債務につき被告らが同人の退職金の上に破産法九二条所定の担保権を有しないこと、また被告らの坂井に対する右各貸金債権が同法四七条所定の財団債権にも同法三九条所定の優先権ある破産債権にも該当しないことは弁論の全趣旨から明らかであり、その他被告らの右各貸金債権が坂井の破産手続において他の破産債権者に優先して弁済を受くべき根拠はないから、被告らの右主張も理由がない。

四以上の事実によれば、原告は破産法七二条二号の規定により福岡市の被告らに対する本件各払い込みを否認することができるというべく、その結果として、被告らは原告に対し、坂井に対する貸金の弁済として福岡市から受領した各金員を返還し、かつ右各金員に対する被告らへの本件訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和五八年六月二四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるというべきである。

よつて、原告の本訴請求はいずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(橋本勝利)

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